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手描きスケッチパース講師の「ススム日記」

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自分さえよければ・・・

暑い暑いと日々過ごしていますが、ここのところ暑いことは暑いのですが日陰に入りますと急に涼しい(というよりもちょっと寒いかな?)感じになってきたような気がいたします。
また、吹く風の体感温度も冷たさを感じ、「やはり秋は近付いているのかなあ。」と思う今日この頃です。

しかしながら、極端に暑かったり極端に雨がふったりと、自然の荒らぶりは凄まじいものです。

豪雨によって様々な被害を受けられた方々や、酷暑によって体調を崩されたり残念ながら命を落とされた方々もいらっしゃる。また、私達の命の糧である作物にも多大な影響が出ているのは周知のことでしょう。

日本ばかりではなく世界各地に視野を広げますと、その被害の状態が日本のそれよりも比較にならないほどに大きく深刻です。
また、二次的にライフラインの復旧や感染問題や今後の生活基盤への不安など、様々な問題がこれも洪水の如く浮上してきています。

こうした現象は、巡り巡って直接的に経済への影響にもなり、当然ながら一国のみの被害では済まない話となってきています。

天象や気象という天災であると、そう簡単には片付けられないように思えてなりません。
ニュースでこんなことを言っていました。
「豪雨により、ダムが許容量に達しそうなので放水をしたがために、河川の氾濫や雨水排水施設にも影響が出て、浸水被害を助長させた。」ということです。

大切なライフラインであります道路の決壊にしましても、人的な要素が関わっているように思えるものも少なくないように思えます。

このような被害の報道を見るたびに、「どうしてこのような所にこのようなもの(公共物や住宅や施設など)を作ってしまったのか?」と不可思議さとむなしさを感じる時があります。

私の住まいは”(通商)田園都市”と呼ばれ、この街に住み始めた20年前には田畑や緑も豊かにあり、都市の持つ便利さと自然環境がほどよいバランスでありました。
やがて、人気沿線の名のもとに宅地造成が進み丘や田畑が宅地化され始め、今では「田畑や緑を探す」といった言い方が適しているほどに”荒らされて”しまいました。

また、この辺りは田園でもありながら山谷の起伏もあり、宅地造成後に現れる姿は「見え掛かり上1階がコンクリートの基礎を兼ねた駐車場で、2階に相当する部分がいわゆるGL地盤となり建物が建つ」といったものです。

こういったものが道路に連なり”緑色から灰色”へと景色が変わる様を見る度に、胸が痛くなり悲しくなります。

”新築”を決して否定しているわけではありません。
私が思うのは、「その前に、考えるべき物事があるだろう。」ということなんです。

豪雨によって、床上浸水の被害に遭い水道もストップしてしまったというご家庭の奥さんがニュースの取材に応じて答えた一言が脳裏に響きました。
彼女は、「水道が使えないから、床の泥の処理も何も出来ない。本当に水の有り難さがわかった。」とおっしゃっていました。

”有り難さ”・・・。「なかなかないこと」ということなんですね、この言葉の意味は。

私達の日常にある、ありとあらゆるものは実は”有り難い”ことなのではないのでしょうか?
目を閉じ眠り、目を開けたら朝を迎え昨日と変わりない光景が目に映る・・・。
この”あたりまえ”は、本当はとんでもない”有り難い”ことであり、それは今年の各地の天象・気象による災害によって難なく一変する、ということで実証されているように思えます。

私自身、今まで”有り難く”地盤に穴を掘らせていただき基礎を作り、”有り難く”木材を使わせていただき建て方をし、”有り難く”あらゆる仕上げの材料によって建物を作る、といった姿勢でいたであろうか・・・、と反省いたします。
そればかりか、図面に書く一本の線によって何がしかの自然環境への負荷となることを意識し、”有り難く”一本の線を引いていたか・・・、また、スケッチパースにしても同様、表現する一本の線に”有り難さ”を持って描いていたか・・・。

「自分さえよければそれでよい。」、このことに意識・無意識に拘わらずどっぷりと浸りきっている現代の社会システムに、そろそろ気づき改めるよい時期にきているように思えてなりません。

スケッチパースも表現体のひとつであり、図面でもあり完成体でもあります。
そういった意味では、とても重要な責任ある表現体でもあると考えます。

「描いて納めてしまえばそれでよい。」「作って引き渡してしまえばそれでよい。」では、もう通用しないことくらいは、すでに皆さんはご存じのことですね。
(構造偽装や手抜き工事などといった問題解決を越えて)作り手側の倫理と言いましょうか心構えと言いましょうか、どうやら一段ステップアップしたものが作り手側に要求されはじめているように思えます。

いにしえの時から現代まで、私達人間がやってきたことをここで全てにおいて「清算」する、そういった大事な時期に私達は直面しているようです。
それゆえに、充分な考慮と注意をもってことにあたらねばならないことを、改めて肝に銘じる今日この頃です。
by sketchpers | 2010-09-11 13:04