手描きスケッチパース講師の「ススム日記」

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「提案」と「作品」

すっかり、この「ススム日記」をご無沙汰しておりました。

さて、今年から「手描きスケッチパース・オープンカレッジ」と題しまして、新たに2つのメニューを設けたオープンセミナーが3月より始まります。
まずは千葉をかわきりに、静岡・横浜・仙台・札幌・新潟・福岡・岡山とほぼ月に一か所はオープンセミナーが開催されている形となります。

今までの「手描きスケッチパース・インテリアコース」同様に、新設の「手描きスケッチパース・外観コース」と「プレゼンテーションレイアウトの計画と手描き平面図の描き方コース」でもセミナーの内容には”提案を盛り込む”といった具体的で実践的なセミナーになっております。

この「提案」とは・・・・・。

当然ながら、お客様の要望に応えるものを形にして見せることが大前提のものですね。
また、いかにしてお客様の要望を読み解いて、一歩突っ込んだものをお見せできるかということも、大切なことでしょう。

また一方では、設計者やデザイナーの考え方や会社・事務所の考え方に乗っ取ったものを、お客様の要望に添えながらもその特徴を前面に出したものを見せるといったこともあるでしょう。

いずれの方法・手法も大事な「提案」の在り方ですね。

先日あるテレビ番組で、「注目の若手建築家が作る住宅作りへの挑戦」といった内容のものを見ました。
様々なご意見やご感想があるのでしょうが、残念ながら私には「こんな事を相変わらず・・・・・。住宅産業のみならず建築業界は何も変わってはいない。それどころか、現状ある”末期症状”の状態をあたかも最先端なものとして公に報道することは、見ている側に誤解を与えかねない。」と思って見ていました。

枝葉末節なことは割愛しますが、肝心なことは「提案」が”お客様にとって”というベクトルではなく、設計者の「作品」という異方向なベクトルに歪んでしまっている、ということです。

ここが、住宅産業はおろか建築業界が何も変わってはいないという内容の事です。

誰が設計しようが、どこが施工しようが、実際に使用する者にとってはどうでもいいといっては語弊がありますが、肝心なことは「使い勝手がいい」とか「心地良い」などといった使用する者にとってどうなのか、ということなのだと私は考えます。

「とても暮らしやすくて心地良い住宅(建築物)だ。なかなかいいセンスのある設計だ。」→「誰が設計・施工したのだ?」→「〇〇さんですねえ。」、といったベクトルの流れで、お客様の要望に応えた「提案」が最終的には喜びや感謝となって設計者やデザイナーや施工者に還ってくる・・・・・、これが健全のように思うのです。
つまり、このベクトルでは住宅(建築物)は「施主(お客様)主体のもの」であるわけです。

がしかし、「初めに設計者ありき」の「作品志向」から始めてしまった住宅(建築物)は流れるベクトルが逆なために、残念ながら最終的にはあまり良い話は聞こえてはきません。
この場合の主体は施主ではなく「設計者・デザイナー・施工者」にあるゆえの結果です。
(施主が我慢するか、手直しできるところを変えてみるか、訴訟を起こすか、壊して立て直すか、手放すか・・・・・。いずれも、心地良い話ではありませんね。)

またこういった”逆ベクトル”的な住宅(建築物)を、マスコミや建築業界が煽りすぎてしまい、この”逆ベクトル”こそが住宅(建築物)であるがごときにしてしまった感があるように思えます。
そして、素直な若者たちがある意味単純に住宅(建築物)の在り方がそういうものなんだ、と疑いもせずに学んでしまい社会に出てこの”逆ベクトル”をやってしまっている、という悲しい現状もあるように感じます。

「私の考える設計は・・・・・」という”我”のあるものの裏には”作品としての利”を求めてやまない「我利我利(ガリガリ)」があるものです。

本来の「提案」の在り方とは、到底かけ離れているように思えてなりません。
「提案」と「作品」は、似て非なるものです。

もう一度「提案」とは何なのか、をじっくりと考えていきたいものです。
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by sketchpers | 2012-02-13 22:27