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手描きスケッチパース講師の「ススム日記」

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2009年 05月 13日 ( 1 )

そもそも「手書き」って

「受講生の皆さんの提出課題スケッチパースを拝見させていただくたびに、そのスケッチパースからは各々の受講生の皆さんの顔が浮かんできたり、提出までの3週間がどうだったのかがスケッチパースから語りかけてくるんです。」

いきなり突拍子もない始まりですみませんが、これは本当なんですよ。

私は霊媒師じゃありませんし、そんな力も持ってはいません。(笑)

これは、「手書きという世界での以心伝心」なのかなあ、といつも思っています。
手書きの典型は、「文字」ですよね。
「いつもがさつに振舞っている人の書いた文字を見てビックリ。とても奇麗な文字を書いているので、その人を見る目が少し変わった。」などといったご経験、ありませんか?
本人の意識・無意識に関わらずとも、こうして皆何かをきちんと感じ取っているんですね、手書きというのは。

上手い・下手は関係ないようです。
下手であっても丁寧に書かれた文字を見ますと、それだけで書いた方の気持ちや姿勢が何となくわかり「通じあえた」感覚が出てくるものです。

また、”その方にしか書けない(引けない)”ものになっているんですね、手書きというのは。
だから、おもしろい。だから、楽しい。

「手書き」は、単にコンピューターといった”デジタル”なものに対抗した手法としてあるものとは位置づけいたしておりません。
また、「手書き」は”アナログ”だとも考えてはおりません。
”アナログ”や”デジタル”といったものは、情報の処理の手法を語っているものです。
そういった意味では、「手書き」はアナログでもなくデジタルでもありません。

これは、「表現手段(伝達手段)の原点のひとつ」だと思っております。
そして、本来の意味合いが隠されているように思います。
「手書き」だけが本来の表現だとは言ってはおりません。そのような傲慢さはありません。
「手書き」が持つ能力、「手書き」が持つ雰囲気などは、本来人々が持つコミュニケーションの基本があるように思えるのです。
そういった意味で、「原点」と申し上げました。

「手書き」に限らず何でもそうでしょう。
「手料理」「手作り」「手塩に育てる」・・・・・、「手〇〇」には人が持ちえる壮大な何かがあるように思えてなりません。とても大切なことだと感じております。

こうした観点からあらためて「手書き」を通して、”ものづくりの在り方”を今一度考えなおすいい機会だとも思っております。
「手書きスケッチパースが描けるようになった」ことを通して、次代のものづくりを考えてみる・・・・・、そんなひとつのきっかけになれたらスケッチパース冥利につきます。

本当に、皆さんからの「提出課題スケッチパース」を毎回楽しみにしております。
何故なら、「皆さんお一人お一人にお会いできる」からです。

楽しみだなあ~。
by sketchpers | 2009-05-13 12:21