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手描きスケッチパース講師の「ススム日記」

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2009年 06月 25日 ( 1 )

建物の専門家は設計士やデザイナーばかりじゃない

先日、大工さんとこんな話をしました。

私: 「今の仕事って、大工としておもしろいですか?」
大工:「みんなプレファブになっちゃって、おもしろくないねえ。」
私: 「大工さんの”腕”を見せられる仕事は、もうほとんどなくなちゃった感じですか?」
大工:「それもそうだが、若い連中が今やっている仕事が当たり前になってしまっている。自分もそうだが、技術を磨ける機会が若い連中にないのが残念だなあ。」

とても胸が痛む、空しく悔しい思いでした。

大工さんは皆ほとんどの方が、リフォームの仕事の時に必ずこういうことをおっしゃいます。
「これを作った大工は、すごいなあ。こんな納め方でここをもたせていたんだ。」とか、「ここにこんな材料を使うなんて、今じゃできないよ。”贅沢の良さ”だなあ。」などどいうことです。

つまりは、大工さんは”過去に作った建物と会話しながら腕を磨いている”のですね。
別な言い方をしますと、”当時その建物を作った大工さんから、実物を通して教えてもらっている”ということになるのでしょう。

大工さんに限らず、職人さんは皆そういった行動や姿勢を持っています。

しかし、そういった”会話”が出来なくなってきているのが現状です。
”会話”をしたくても、そこに「職人としての姿勢がある”腕(技)”が栄えた仕事」ではなく、経済効率という名のもとに建てられた寿命の短い「箱」でしか建物の存在価値がなくなってしまったからでしょう。

「経済効率と工業化」を否定するものではありません。
そのことによって、今まで建物にあった様々な問題が解決されてきたという利点もあります。

しかしながら、自動車や電化製品といったプロダクト製品とは違い、ユニットバスとはいえ所詮は人の手で組み立てているのが、建物を作るということの現状であり又基本に変わりはないわけですね。

結局は、「人の手の介入なしでは、ものにならない」のが建物なんです。

職人の方々は、実際に形にしている作業をしているわけですから、一番そのことを身近に感じていることでしょう。建物にとって、いかに人の手が入ることが大切なのかを。

この数ヶ月間、私は大工さんや左官さんや基礎職人さんなどの真似ごとをしておりました。
そして、設計・デザインという世界で二十数年間仕事をさせていただいてきましたが、この数ヶ月間の経験を通して心底「自分は建物のことを何も知らなかった。」ということが、嫌になるほどわかったのです。

「お施主様にとって」住まいやすい建物を提案・提供することに尽力することは、今までの仕事のなかで自分なりに考え行ってきたつもりです。
お施主様の要望にいかに応え、さらに+αにて喜んでいただくか・・・、それに基ずいて図面化し詳細の納まりも書いて、いざ現場に入るわけです。
これが、”当たり前”のこととして何も疑問も持たずにこの二十数年間仕事をしてきたわけです。

しかし、今では「職人さんといった、実際に形を作る立場に立って図面を書いていただろうか?」といった反省があります。
設計・デザインの意図は当然ながら大切です。
それに基ずいた、職人さんの”腕を活かせる”図面になっていただろうか?という反省です。

職人さんが動きやすいような形にして図面を渡す。
つまりは、「次の作業のことや全体を見ながら、”次”がやりやすいように”今”を渡すこと」が大切なのだ、ということです。

現場の職人さん達の中でも、「壁や天井のボードを貼るだけで俺の仕事はいいんだが、次の電気屋さんが仕事をしやすいようにスイッチやコンセントのボックスの穴を開けておいてあげているんだ。」という仕事をしている職人さんがいることに、自然に頭が下がります。

昔、私が設計の仕事に携わってまだ数年の頃、現場の職人さんから言われた言葉の意味が、今になってよくわかります。
「”設計屋”はいいよな。線だけ引いときゃいいんだからなあ。」
「こんな”線”、いくら引いてきても意味ねえよ。納まんないよ、これじゃ。」

これに気づくまでに、随分と時間がかかりました。

建築士、デザイナー、コーディネーター、各職人さんと専門家が集まって一つの建物が仕上がり成り立っていることの意味や意義を、もう一度再確認し再点検する必要があるのではないのかな?
そう思う、この頃です。
by sketchpers | 2009-06-25 10:23