手描きスケッチパース講師の「ススム日記」

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2010年 08月 30日 ( 1 )

「豊かさ」をみる

残暑が厳しく、なかなか”秋の気配”を感じるようにはなりませんね。
しかし、身体は「真夏の疲れ」がジワ~っと出てくる時期ではありませんか?

秋の気配・・・・・。
と言って、皆さんはどのようなイメージをされますか?

様々な物や事などをイメージされるでしょう。
この「気配」。私達日本人にとっては、とても豊かな感性に乗っ取った感覚(表現)ではないか、と思います。

虫の声を聞いては、季節を感じ想いにふけることができます。

風をただの気象現象としてではなく、時には”ささやき”として、時には”ともだち”としてなど、(それを擬人化と呼ぶのかもしれませんが・・・)とても身近なものとして「普通」に捉えていますね。

雷に於いては、「神鳴り」といって神様の何かの啓示として捉える精神性があります。


また「人の気配」として、物体的なのか体温的なのか動作的なのか何がしかの人の存在を感じる時、「人の気配」として敏感に反応しますよね。

よく言われていますが、文化の写し鏡である「言葉」がとりわけ豊かなこの日本。
豊かな感性なくしては、上記のような趣ある言葉は生まれてはきません。
感じたことを、言葉にして表現できるということの素晴らしさを、特に現代に生きる私達は意識をして自覚しなくてはいけないのではないだろうか、と考えます。

「明日は、35度の猛暑となるでしょう。」

こうした天気予報の言葉の表現を聞きますと、何故か虚しさをおぼえます。
35度だから暑い、そう思ってしまう。
そして、やがては気温の”数字(数値)”によって判断してしまい、自分の肌身で感じることを放棄してしまうようになってきてしまう・・・。

そうなってしまっては、「気配」など死語の感覚になってしまいそうで、とても悲しく感じますね。

猛暑の中にも、湿度が比較的低いカラッとした日だってあるでしょうし、曇っていてもじんわり暑い日だってあるわけです。
”ゲリラ豪雨”の去った後には、涼しくなる場合や反って蒸し暑くなることだってあります。
そのような「大自然の営み」と付き合い・受け入れ・共に生命を育むには、その時々に感じたことを素直に表現する心の余裕(豊かさ)が必要なのでしょう。

「暑いな~。汗びっしょりだ。今日は”愛飲日(ビールが美味しく飲める日)”だ!!!」
「寝苦しい夜だ。虫の鳴き声も、いささか寝不足気味のように聞こえる。今夜は熱帯夜じゃなく”音虫多慰夜(ねむたいや)”だなあ~。」
こんなの、楽しいと思いませんか?

このような日々の感性・感覚が、ひょっとしたらスケッチパースの表現の手助けになるのかもしれません。
「豊かに生きる(生かされる)」ことは、目に見えない物事を表現できることなのかもしれません。
スケッチパースでも言葉でも、何かを表現し伝え想いや感性を共有できることは、とても素晴らしいことではないでしょうか。

あ~、それにしてもやっぱり「暑い~っ・・・!」ですよね。
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by sketchpers | 2010-08-30 19:46