手描きスケッチパース講師の「ススム日記」

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楽しんでいきましょう!

唐突ですが、皆さんは車やバイクの運転免許証をお持ちでしょうか?

おそらくは、だいたいの方はお持ちになっていることでしょう。
何故このようなことから話を始めたかと申しますと、例えば車の運転免許証の取得から実際に公道で走れるようになるまで、そして自由気ままに車に乗っているといったことが、実は「スケッチパース講座から実践までの道のり」とほとんど一緒なんだということを申し上げたかったのです。

車を運転するにあたり先ず始めに、「テキスト」がありますね。
車の”構造”や標識といった”法的”なこと、運転の仕方や事故予防としての”知識”など、一通りわかりやすく教わります。
また、教習所内にて実際に車の運転を”訓練”しますね。
特に運転教習は、何度も同じことを繰り返し練習し、体に覚え込ませます。
そして、仮免許として公道で実際の練習もします。
その中で、先生から運転に関するアドバイスをその都度もらい、次のステップに活かしていきます。

運転免許証は「資格」ですので試験を受け合格すれば免許証がもらえますが、最低限の教習時間はクリアしておかなくてはいけないようになっています。

そして、だいたいの方が運転免許証を持つことができ、実際に日常で車を運転しています。

この一連の流れと「だいたいの方(誰でも)」といった範囲は、まさにスケッチパース講座と同様です。
初めは、どうしても最低限のことは学習する必要はあります。
パースという仕組みや立体の成り立ちそして描き方の順序など、講座内で学びます。

そして、何と言いましても「成るより慣れろ」「習うより慣れろ」ととにかく”描いてみる”わけですね。
やはり、描いて手を動かしてみなくては理解できたことにはなりませんし、まさに”身に付きません”。

提出課題スケッチパースでの「添削・アドバイス」によって自分自身で確認でき、次のステップにつなげてゆきます。その繰り返しによって技術はグレードアップし、最終課題は実践にも通用する形にまでもってゆく講座内容としております。

こうして全6回の講座を修了し、即戦力としてのスケッチパースをどんどん描いてゆく・・・・・。

それも、十人十色の個性あるその方らしいスケッチパースになってゆくわけですね。
(車のハンドルをにぎると性格が変わるといった話がありますが、ペンを持つと性格が変わるといった話はまだ聞いたことがありませんねえ~・・・・・笑)

何故このような話をしたかと申しますと、「スケッチパースの練習には、肩に力を入れて意気込むことなどいりませんよ。」ということなんです。

車の運転免許証を取得する時の練習では、緊張こそすれ「早く免許がほしい!!!」の気持ちで一杯でしょう。ワクワクしているはずです。
「免許を取ったら、あの車を買うんだ!」とか「彼女(彼氏)とドライブに〇〇へ行きたいなあ~。」とか”夢を描いて”練習しますよね。

スケッチパースの練習も、それと同様な考えでいいのではないでしょうか。

「お客様の前で、サラサラっとスケッチパースを描いている自分の姿」を具体的に想像してみてください。
カッコイイじゃありませんかあ!!!
ついでに後輩なんかに「先輩、スケッチパースの描き方を教えてください。」なんて言われたら、先輩冥利につきますよ。うれしいじゃありませんか。

たのしく行きましょう!!!
先ずは、自分自身が楽しんでいなくては他人様を喜ばせることはなかなかむずかしいですからね・・・・・。

(追記:私、楽しみながら受講生の皆さんの提出課題スケッチパースの添削・アドバイスをさせていただいております、ハイ。)
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by sketchpers | 2009-07-25 10:58

フェア出展を終えて・・・

先日の「リフォーム産業フェア」への出展は、今後のスケッチパース講座にとりまして大変貴重な経験だったと思いました。

先ずは、何と言っても「講座の受講生の方々」に直にお会いできてお話しができましたことです。
お仕事の中、時間をさいていただきご足労いただきましたこと、この場で失礼ながら御礼申し上げます。
ありがとうございました。

さて、出展にあたり反響はいかに?・・・というところですが、デスク2台を置いての小さなスペースで、しかも何と隣のブース出展者は「パース屋さん(専門家)」でしたので、「おいおい、そりゃないよ~!!!」と、社長の渡辺と顔をあわせて沈んでいました。

「まあ、何とかなるでしょう!」と気持ちを切り替えて、さてフェアの開始の時間です。

お客さん、来てくれるかなあ?
説明がうまく伝わるかなあ?
笑いものにならないかなあ?・・・・・

様々な不安を抱えながらも、いざデモンストレーション(その場で手書きスケッチパースの実演)を始めましたら、あらあらお客さんが足を止めて見てくれるではないですか!

うれしかったですねえ~。
そして、おもしろかったですねえ~。
”おもしろい”と言いますのは、遠巻きに見てゆくのは「男性客」でして、興味津々でデスクの側に来て見てくださるのは「女性客」なんですね。
そして、結局あとでチラシを見ながら質問をしてくるのは「男性客」なんです。

デモが終わったあとで一息入れながら、以上のことを省みて「ん~、なるほどなあ。」などと妙に納得していました。

デモは、1日6~7回行いました。
グリットシートの描き方から説明し、簡単なリビングをひと通り説明しながらのデモです。
「では始めますね。その前に、現在の時刻を確認しておいてください。」と目の前のお客さんに伝え、確認していただきデモの開始です。
インキングでの最後の仕上げまで説明し、「今、何時ですか?何分経過しましたか?」とお客さんにたずねましたら、「えっ?15分しか経っていない!」と皆さん驚かれます。

「グリットシートがあらかじめ用意されていれば、もっと早い時間で描きあがるということですね。」と言った私の言葉に、再度ビックリ!!

「どなたでもこうして描けるようになるんですよ。」と言いながら、この講座の受講生の方々の作品を(受講生の皆さん、勝手ながらすみません)見て頂き、再々度ビックリ!!!

こうして、少しづつではありましたが「手書きスケッチパース講座」の知名度を上げることになったのかな?、と思っています。
またお陰さまで、「スケッチパース集・CD版、Vol.1及び新作のVol.2」の販売も好調でした。
(「外観スケッチパース」が充実した”スケッチパース集CD版、Vol.2”が出来上がり販売しております。詳しくは、事務局にお電話もしくは「お問い合わせメール」にてお尋ねください。)

様々な人と出会い、様々なことを感じ、様々なことを教えてくれたフェアの2日間でした。

そして「手書きスケッチパース」の持つ魅力や講座内容の意義を、改めて確認することができたのが何よりの収穫でした。
「各都市でのスケッチパース講座セミナー」の8・9月開催は、このフェア出展の作業で準備が遅れておりまして時期をずらすことになりますが、「やはりセミナーはやらないといけないなあ!」とこのフェアを通して実感した次第です。

「手書きスケッチパース講座」は、これからも受講生の皆さんにとって意義ある価値あるものを、どんどんお渡しできるよう励んでゆきます。(あれっ?選挙演説みたい・・・笑)
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by sketchpers | 2009-07-22 16:23

7月14・15日、リフォームフェア出展!!

本講座であります「プロのための手書きスケッチパース講座」が、WEBを飛び出してフェア出展となりました。

「リフォーム産業フェア&工務店フェア」と題しまして、7月14日(火)、15日(水)の2日間。
東京ビックサイト・東1ホールにて、AM10:00~PM5:00開催です。
フェア入場は無料です。会場入り口の「総合受付」にて、名刺を差し出していただけますと入場登録ができます。
(東京ビックサイト:東京都江東区有明3-21-1,TEL03-5530-1111)

まあ出展といいましても、小さな出店ブースですのでなかなか見つけにくいかもしれません。
(出展者名は「株式会社アイシーオー」となっております。)

多くの方々に、この「手書きスケッチパース」の存在と考え方をお伝えできればいいな、と思い出展の運びとなりました。
実際に、私藤田がブース内にて手書きスケッチパースをデモンストレーションにて描いております。
また、「スケッチパース集のCD版、Vol.1&2」も販売いたしております(フェアキャンペーン価格にて販売いたしております。お得ですよ!)。

本講座を受講されていらっしゃる皆さんにお会いできるチャンスでもあり、またお友達やお知り合いの方や「スケッチパースが描けたらなあ」なんて思っている周りの方をお誘いしてご一緒にご来場いただくと、とてもうれしいですね。

皆さんにお会いできますよう、楽しみにしております!!!
(何か、今日の日記は”告示”で終わってしまった…。まあ、こういう日もあっていいでしょうねえ:笑)
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by sketchpers | 2009-07-11 11:47

「リアリティー」への挑戦

梅雨の時期だから・・・、と言うにはあまりにも激しすぎる最近の雨模様ですね。

「豪雨」で思い出しましたのは、”黒沢映画”のことでした。
(「羅生門」か「七人の侍」、どっちか定かではなくてすみませんが・・・)始まりのシーンが「豪雨」なんです。
大粒の雨が、これでもかというほどに降り注いでいる。
まさにこれから始まる”激しさ”を象徴したシーンです。

当時の映画は「モノクロ(白黒)」で、カラーではありません。

ですから、雨が降っている(降ってくる)様子を単純に「目線」レベルで撮影しても、黒沢監督の意図する”激しさ”は表現できていない(実際に雨粒がフィルムに映りきれない)。

では、どう「伝えるか?」・・・・・。

地面に降り注ぐ雨の”跳ね返り”によって、雨の量と激しさを表現しようとしたそうです。
「よし、これでうまくゆく」かに見えたものの、黒沢監督自身は「OK」ではありませんでした。

「リアリティーがない。」

これが、不満だったそうです。
雨粒の跳ね返りに「リアリティー」がない、ということなんだそうです。
時代設定は、武士の時代。雨が降れば道はぬかるみ水たまりが多数あるだろう。ましてや「豪雨」では、水たまりはおろか一面は雨水の海のはず。
溜まった雨水の下は「土」であるから、同じ水たまりでも”コンクリート(撮影場所がそうだったのでしょうか?)”が下にある場合の雨粒の跳ね返りとは違うはずである。
そう黒沢監督は考えていたそうです。

美術セットさんは急遽、しっかりと土を地面に敷いての撮影再開。
見事に、「豪雨」のシーンは成功し映画そのものもこのシーンで決まったといっていいほどの出来栄えでした。

このような黒沢監督の逸話は沢山あります(ご存じの方も多いでしょう)。

ロケーション(外部の撮影場所)を決めるのに、ほぼここに決定と思いきや「あの煙突が邪魔だなあ。」の一言で、一時期持ち主の許可をとって撤去し撮影をした。
草原の中での嵐のシーンでは、なかなか嵐のような風が吹かず、ましてや人工的に大きな扇風機を使って・・・などとは御法度もの。
結局、一年待って台風シーズンの中、黒沢監督の期待通りの嵐の中で撮影をすることができた。
などなど・・・・・。

これほど「伝えること」に妥協を許さなかった方はいないのではなかろうか、と思います。

「黒沢映画」の登場で、映画の持つ存在感や価値感はすっかり変わりました。
世界の映画監督は、大いに黒沢監督の影響を受けその後の映画作りをしています。
黒沢監督の凄さは、よく耳にしますがほとんどが「テクニック論」のように私には聞こえてしまいます。

同じ”もの作り”に携わるものとして黒沢監督を眺めますと、おそろしいほどに気概ある「伝えること」への執念を感じます。
微に入り際に入り気を使い、そうして一つ一つつながったものを全体として見た時にはじめて、自身が意図したものが伝わるであろう・・・、そういった考え方のもとに映画を作っていたのではないだろうか?と、そう感じてなりません。

黒沢映画とスケッチパースを比較するつもりはありませんが、先人の築いた(残していった)ものを受け継ぎ、自身の仕事に役立てさらに膨らませて、次代へと繋げてゆきたいものです。
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by sketchpers | 2009-07-08 11:26

日本人って、何だろう?

ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、大工さんの技能を競う大会が毎年あるそうです。

競う技術の内容は、大工道具の種類と同じで「鋸(のこぎり)」や「鑿(のみ)」や「鉋(かんな)」などとなるようです。中でも、一番”おもしろい”のは「鉋(かんな)」だそうです。

継ぎ手を工作する「鋸(のこぎり)、鑿(のみ)」も、難度の高い継ぎ手をいかにして”速く・強く・正確に”作り上げ、同時に道具を使いこなしているかといったところも、見どころと言えば見どころでしょうが、一番人気があり技術を試す大工職人の数も多いのが「鉋(かんな)」だそうなんです。

では、「鉋(かんな)」の何を競うのか?

この競技は、「鉋(かんな)の削りの厚さ」を競うといったものです。
つまりは、削りの厚みが薄ければ薄いほど腕が優れている、ということになるのです。

おそらくは、何メートル以上の長さの鉋(かんな)木くずで競うと思われます。
(あまりに短い木くずでは、意味がありませんからね。)

やはり上位者の削った鉋(かんな)木くずは、”網戸越しに見ているほど”に透けてみえるのだそうです。
そして、その厚みもほとんど同じ厚みで削られている、ということのようです。
聞いているだけで、鳥肌がたちますね!!(・・・・・)
また重ねて驚くのは、今削った木くずの厚みがどの程度のものかが、削っている本人にはわかっているということです。
この体感覚といいますか皮膚感覚といいますか、職人という方々はおそろしい「センス(感覚)」の持ち主なんですね。

そういえば、旋盤(鉄板を回転させて、棒のようなもので鉄板面をなぞっていきながら丸みを作ってゆく)の技術でも似た話がありますね。
機械ではどうしても出せない微妙な”アール(曲面)”は、旋盤職人の手触りの感触ただそれのみの「感覚判断」で製作されるようです。
また精密な望遠鏡の場合でも、命ともいえる反射鏡の凹面の磨きも「磨き職人」の手感覚のみだけが頼りであり、機械ではとうてい真似できないそうです。

そしてこういった技術(手感覚技術)は、なんと「日本人」が一番優秀なのだそうです。

根気、粘り、丁寧、優しさ、柔軟、特性を見抜く目、感じる心(感触感)、などなど”手仕事”にふさわしい姿勢や気構えはいろいろとあるでしょう。
それを総括的に尚且つ秀でて持っているのが、日本人の特質のようです。

素晴らしい話しじゃありませんか。

そのような特性を、もっといろいろな面で活かすことができれば、例えばもの作りの価値観も変わってくるのではないだろうか、と思うのです。

大量生産や大量消費、効率至上主義、顧客不在の供給者(企業)論理、外面のみのデザイン、薄利多売、低価格競争・・・・・・・・、このような時代はもうすでに終わっています。否、終わっているはずなんです。
しかし、どうでしょう。益々、上記のような時代遅れの価値観にさらに拍車がかかっているように私には思えてなりません。

そもそも、こういった上記のような価値感は本来の日本人の特性にあった(有った・合った)ものなのでしょうか?

地球人口60数億人のうちのわずか1億3000万人弱の日本人である私達とは、一体何者なのでしょうか?
自身の足元からもの作りを考えてみるのも、一考なのかもしれませんね。
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by sketchpers | 2009-07-04 18:32

「プロ」と”専門家”

現在、この日記を読んで下さっていらっしゃる皆さんは、「プロとして」日々もの作りの世界に携わっていらっしゃる方々でしょう。

では、「プロとは一体どういうこと?」をいうのでしょうか?

NHKの「プロフェッショナル」という番組でも、その日に登場いただいたゲストに対し、番組の終わりに「あなたにとって”プロ”とは?」と必ず尋ねます。
そこで、その日のゲストなりの「プロということ」を一言で言いながら、番組を閉めるといった形で終わります。

番組のゲストは様々な職種の方々ですから、「プロ」ということに対するその方々なりの解答も様々です。
ご自身の経験に基づいたことから「プロ」を語る方、ご自身の人生観と照らし合わせて「プロ」を語る方、その仕事に対する姿勢(意識)から「プロ」を語る方、などなど「プロ」と一言でいうにはあまりにも漠然としていて尚且つ遠大な問いのように、いつも番組を見終わった後はそう感じます。

よく「プロ」と使っていますが、皆さんご存じの通り「プロフェッショナル(専門家・専門性)」のいわゆる通称語として「プロ」と言っているわけですね。

しかし、テレビっ子の私はついついひっかかることがあるのです。

例えば、「本日は、北朝鮮問題の”専門家”であります〇〇さんに解説を・・・・・。」などと番組の司会者に紹介されて「〇〇大学教授」が登場する。
「本日は、北朝鮮問題の”プロ”であります〇〇さんに・・・・・。」とは言わない。

一方では、「左官の”専門家”に登場していただきましょう。」と言われて「職人」が出てきたら、「んっ?」と一瞬ためらう。「日本各地の左官の壁を”専門に”ご研究されている方に登場していただきましょう。」といっていわゆる「研究者(大学の教授とか・・・)」がでてきても不思議な感じはしない。
これって、一体何なんでしょうか?

言葉のニュアンスなのかもしれません。
しかし、「プロ」という認識と「専門家」という認識とでは”感覚的”に自ずと意識的に分けて理解しているのではないだろうか、と思うんです。

平たく申し上げれば、「プロ」は実際に手を動かし実践されている方々(技術者であり応用者)であり、「専門家」は机上の研究(学問であり基礎研究)である、といった違いを無意識にそして自然に分けて意識しているのではないだろうか、ということなんです。

実際に「手を動かして形にする(表現する)こと」、これが「プロ」としての第一義なのかもしれません。

そうしますと、「設計士やデザイナー」といった職種は、仕事的には”プロ”の領域です。
建築やデザインを研究されている”専門家”はいらっしゃるでしょう。
しかし、もの作りとして携わっている方々は、「プロ」ですね。

さて、「設計士やデザイナー」という言い方と「設計士やデザイナーの”プロ”」という言い方。

この言い方のニュアンス、皆さんはどのような感触をお持ちになりますでしょうか?

一度、じっくりと考えても良いテーマかもしれません。
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by sketchpers | 2009-07-01 09:33