手描きスケッチパース講師の「ススム日記」

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癖とペン

寒くなってきました。
皆さん、風邪などひいてはいませんか?

最近の日記は、「感覚的」なことについての内容が続いていました。

今日は、なかなか”掴みづらい”内容から少し離れることにしましょう。

私がスケッチパースを描く時に使用しているペンは、「PILOT  V-CORN (水性)」です。
今まで、ステッドラーや他社の色々なペンで描いてきましたが、結局落ち着いたのが「V-CORN」でした。

これは「ペンがいい」のではなく、「私がスケッチパースを描く”癖”」をうまく吸収して表現してくれる、といった事情ゆえのことです。
人それぞれに、線を引くにもその人なりの引き方があります。
線の太さ、濃さ、筆圧、引く速度、伸ばし方、一本の線をどこまで引ききれるか、などなど様々にその内容があり十人十色引き方があります。

始めは、私自身わけもわからずに有名会社のペンを使用してスケッチパースを描いておりました。
しかし、仕上がりを見てどうも納得がいくものになっていないんですねえ、残念ながら。
自分がイメージしている空気感や雰囲気ではないんです。
自分の意図していることが、うまく表現されていないように見えるんです。

「自分の”腕”の未熟さ」だと思っていました。
そして何回かスケッチパースを描いてはみたものの、やはり「印象」は同じです。
「納得がいかない」、つまりは「表現されていない」んです。

何故にそのようなことを感じるのか・・・・・、理由がわかりませんでした。
そんな折、ペンのインクがなくなって描けなくなったので買い物に行きました。
すると、いつも使っていたペンが売り切れていて在庫もない、ということに・・・。
仕方なく、別のペンを買って仕上げることにしました。

するとどうでしょう!!!
うまく伝えられないけれども、”何か”が違う雰囲気の仕上がりのスケッチパースが出来上がったのです。
そう、「ニュアンスが変わった」感じといったことでしょうか。

今まで納得のいかなかったことは、実は「道具」の種類の選択にあったのではないだろうか?と、その時に思いました。
それからは、何本かのペンを体験して現在の「v-CORN」に至りました。
その間に気付いたのは、スケッチパースを描く時の自分の”癖”でした。
私は、筆圧が高く線を引く時に線(インク)の”伸び”を特に気にします。
ペン先の構造や素材とインクとのバランスによってその”伸び”が決まるのですが、そもそも自分の引く線に”癖”があるなど思いもつきませんでしたから驚きです。

自分の癖にあった道具を使うことによって、自分の意図するイメージが素直に表現できるようになったことは大きな喜びであり、また「本来の道具の大切さ」を教わったように思います。

たかがペン一本、されどペン一本、といったところでしょうか。

それからは、逆にペンの持つ”特性”がわかりそれを活かしてスケッチパースを描くこともできるようになりました。不思議なものです。

皆さんにとっての「共なる道具(ペン)」に、一日も早く巡り合えるといいですね。

(追)ちなみに、この講座で紹介いたしております教材のペンは、スケッチパースを描くレベルでは初級者~多少の経験者にとって一番良いだろうと思われるペンを吟味し選びました。描きなれてきましたら、ご自身なりにペンを見つけてみて描いていってはいかがでしょう。
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by sketchpers | 2009-11-23 19:51

イメージすることとは・・・

最近は、随分と物騒な事件が多いですね。

「どうしてこのような残忍な事ができるのか・・・?」などと、ワイドショーのコメンテーターの如く言い古されている台詞ですが、やはりそう思わざるを得ないです。

人心の枯渇は底を知れず、落ちるところまで落ちてしまったのでしょうか。

よく「イメージの低下」などといった理由が、こうした事件を起こす動機の背景としてあげられます。
まあ、否定はできないところですが、全てがその理由とは限らないでしょう。
衝動的な犯罪であったとしても、その後の自分の身の振り方を”イメージ”して、「逃走する」のか「隠ぺいを画策する」のかはたまた「自首をする」のか・・・・・、頭の中ではグルグルと”イメージ”しているはずです。
そういった意味では、「イメージの低下」が犯罪の原因とは言い難いのではないか、とも思うんです。

「イメージすること」

スケッチパースを描き始める前の重要な”作業”のひとつです。

図面やイメージ写真などによって、設計意図やデザイン意図を理解し、具体的に頭の中でその空間や空気感を”イメージ”すること。
イメージできた空間を、頭の中でクルクルとあらゆる方向に回してみて、「どのアングルが一番いいか(訴求力があるか)」を決める。

「こうすればああなるかあ・・・。」
「ここにこれを持ってくれば、こうなるなあ・・・。」
「こっちに変えてみたら、少し雰囲気が変わるかも・・・。」

あらゆる角度からイメージし、スケッチパースを描く下準備がしっかりと出来上がります。

この”イメージ力”。
やはり、体感・体験の数がものをいう、といったことがあるのかなあ・・・、と思ったりもします。
「イメージ」は空想しているようで、実は今までの体感・体験の引き出しをフル活用して引き出しているようにも思えるからです。

実体感・実体験の重要性は、色々な所であるんですね。
実体感・実体験を沢山持つことができる社会であれば、今のような残忍な事件(犯罪)は少しは減ることになるのかもしれないかなあ、とニュースを見る度に思うこの頃です。
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by sketchpers | 2009-11-10 12:28

最近のCGは凄い!

寒くなってきましたねえ。
皆さん、体調はいかがですか?

先日ネットで色々と調べものをしていて、その際に「映画」のロードショーの予告篇を見てみるといった、ちょっと息抜きがわりをしました。
「2012」という映画の予告編を動画でみたのですが、最近の「CG」はすごいですねえ。
演技をする役者だけ実際に撮影し、後はCGとの合成で映画を作ってしまう・・・・・。
そのCGも、半端ない出来栄えで視覚的にはとても機械で作ったものとは思えないものでした。

かつては、「スターウォーズ」の監督のジョージ・ルーカスが言っていた言葉を思い出します。
「作り物で一番難しいのは、”自然を作る(表現)すること”だと彼は言っていました。

しかし、「2012」という映画はマヤ文明が予言(?)したマヤ歴に基づき、2012年に地球は崩壊する、という内容の映画なのですが、当然ながらメインの映像は「自然が崩壊してゆくシーン」です。

地震、地割れ、津波、竜巻などによって跡形もなく人類文明の形がなくなってしまう・・・・・。
そういったシーンを作るには、様々な情報が詳細で具体性があるものでなくてはいけないでしょう。
より”リアル”に、観る者に「現実性」を予感させることができるようにと作り上げてゆく作業は、ある意味「同業者」として非常によくわかるところです。
機械文明の進歩の凄さ・恐ろしさを、改めて感じた時間でした。

一方、最近この「手書きスケッチパース講座」を受講しようという方の中に、こういった動機の方がいらっしゃいました。
「CGのような機械的なものよりも、自分で描く手書きのパースが描きたい。」
こういった内容のものでした。

「なるほどなあ~。」
「2012」の予告篇を見たあとのタイミングでしたので、殊のほか様々なことを考えさせられました。

「進歩」とは一体どうゆうことなのか?
「成長」とは違うものなのか?
「極めてゆくほどに、逆の極みが発生しそれを欲するようになる」

難しい課題ですね。難問中の難問です。

”手書きスケッチパース”の存在する「位置」は、どの辺にあるのでしょうか?
皆さん自身、お一人お一人問いかけてみてください。
私も、問いかけてみています。

答えは・・・・・。

その方なりでよいのではないでしょうか?
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by sketchpers | 2009-11-06 10:13