手描きスケッチパース講師の「ススム日記」

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「介護社会」について(2)

前回では、介護に対する「認識」を主に、我々作り手がよく言う「バリアフリー」について”介護の視点”からお話をさせていただきました。

さて今回は、「介護がどのような方向に向かっているのか?」について少しお話させていただきたいと思います。

基本的には、前回のお話の中にもありましたように「要介護者の現存能力(残存能力)を活かす」ことで、自分でできることは自分で行うということが原則になっています。

これは、要介護者ご本人にとっての「生活感を持つこと」によって、「社会から解離(隔離)されず社会参加している」といった意識をもっていただき、「人として最大限活き活きと生きていただきたい」ということが背景としてあります。

一方、”介護をする側”にとっては何より介護の「負担軽減」といった側面があります。

肉体的にも精神的にもまた経済的にもハードな介護・・・。
これは、国にとっても自治体にとってもまた家族にとっても、「要介護者の現存能力(残存能力)の活用」は介護をする上で必要十分条件なのです。

「介護を通してご本人に活き活きと生活していただきたい」という”理想”と、「介護を支えるだけの経済負担を抑えたい」という”現実”の両側面から、要介護者ご本人の尊厳を重視した現存能力(残存能力)の活用といった介護理念が生まれてきました。

また、このような傾向(統計)があります。
「死ぬ時は、自宅で死にたい。」という、死期をどこで迎えたいかの希望です。
これは、要介護者のみならず健常者であっても同様なのだそうです。
(実際、私が介護の施設でアルバイトをしていた時、「家に帰りたい。家に帰らせて・・・。」と懇願する方が多かったでした。)

介護施設とはいえやはり所詮は集合収容といった現実があります。
慣れ親しみ、思い出深い“我が家”で息を引き取ることが、どれほどご本人にとってこの世での人生の括りとなりうるか・・・、これも「尊厳を守る」ことのひとつでありましょう。

ここで登場する”我が家”とは、当然のことながら単なる箱や器としてのものではなく、「そこで生活をした証し」があり、「命を育み、共に命を生きてきた場所」であるが故の”我が家”なんですね。

このような背景のもとに、私達作り手側はどのようなお手伝いができるでしょうか?

先ずは、「箱」としてのハードな側面では「室内の大きさと動線関係」となりなす。
介護用ベッドは、普通のベッドサイズよりも大きいです。また、介護のために必要な医療機器がベッドサイドに入ってきますと、その分のスペースも必要です。
(例えば、単相200Vといった医療機器用の電源も別途必要になってくる可能性もありますね。)
そして、夜間での添い寝のための介護をする人用のベッド(もしくは布団)スペースも必要でしょう。

動線的には、食事やトイレ・洗面・入浴の際の移動に関する”距離”と”スペース(通路幅など)”そして”補助設備(手すりなど)”を考慮しなくてはいけません。
その際に必要なのは、「介護を受けるご本人にとってどうなのか?」が先ずは第1優先されなくてはいけません。
病名は同じであっても、体格・体質・体力が各々違いますし、病状もまた進行具合も違います。
先ずは、「現存能力(残存能力)を活かせる、ご本人に合ったもの」として、ハード面での環境の整えが必要になります。

そして、それが「介護をする側の家族」にとっても負担にならない最適なプランであることも忘れてはなりません。
家族には、家族それぞれ個人の生活も同様にあるわけです。
要介護者が「介護をしてもらって申し訳ない・・・。」という心理的負担。
介護をする家族が「自分の生活もままならない・・・。」という不安的負担。
この双方の負担を少しでも軽減してゆくことが、とても大切なことであり、”提案”となってゆきます。

また、介護用補助機器は最近では色々と出てきました。
しかしながら、決して安価なものではありません。
介護保険で購入できるものは限られています。
そういった意味では、まだまだ行政としても介護用補助機器を扱う民間企業としてももう少し頑張っていただきたい、と思います。

でも必要であれば、知恵を出して”造作”はできないか?と提案してみることも良いのではないかと思います。

一方、ソフト面からのアプローチでは「仕上げ素材の選定」はもとより、「カラーリング計画」も重要なファクターとなってゆきます。
(最近の介護施設や老人ホームは、とても「カラーリング計画」に気を配っています。)

また、室内空間だけではなく外部との繋がりを持たせたアイデアもあります。
例え寝たきりの状態となろうとも、窓から見える木々や花々そして風の音は、それだけで心を癒してくれますし何より社会(外部)との繋がりを意識させてくれるものです。

こうして見てゆきますと、今後の建物の在り方のひとつの概念(理念)として、介護的理念の発想も必要になってゆくように思われます。

一時期流行った「ユニバーサルデザイン」というものではなく、また法律によって定められている基準(大きさ・幅・高さなどの寸法や素材など)を満たしていればそれで良いというものでもなく、要介護者ご本人にとってもその家族にとっても「豊かに活き活きと生活し、安心して死を迎え送り出せること」が大切になってくるでしょう。

そうした角度から見据えたプランのご提案は、これから必要となってゆくように思えます。
(例えば、ゾーニング計画での各部屋の繋がりの新しい発想。部屋自体のサイズアップ。通路幅のワンサイズアップ。サッシといった開口部の大きさや仕様。室内建具の引き戸化。間仕切りの可変性に対応できるような構造にしておく。水回りの配置は、リフォームしやすいよう配慮しておく。将来新規で設備が取り付けることができるよう、配管をあらかじめ入れておくことや基礎高・基礎通路の確保などをしておく、などなど。)

介護のアルバイトをしていた時に、こんなことを思いました。
「親の介護のことをそろそろ考えておかなくてはいけないなあ。そして、やがては自分自身子供に世話になる時がくるかもしれない。大家族時代とは違う現代では、この時代に則した考えややり方でやがて死を迎えたいものだなあ(やっぱり、子供には迷惑はかけられない・・・!)。」、と。

社会状況が変化してゆけば、自ずと生活する建物の在り方も変化してゆくものです。
そして、当然ながらプランしてゆく考え方も変化してゆきます。
「豊かさ」と一言で言っても、その時代時代によって意味合いが違っていますし、求める「豊かさ」も違っています。

物があるから「豊か」である。
カッコイイ・オシャレだから「豊か」である。
経済的に安定しているから「豊か」である。

本当に求める本来の「豊かさ」とは一体何なのか?

「介護社会」を通して、そのことを見つける大きなきっかけ(ヒント)になりそうです。
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by sketchpers | 2010-07-30 12:45

「介護社会」について(1)

暑いですねえ~、なんて悠長な言葉などでこれからの夏本番を迎えるには、あまりにも「酷暑」すぎる今日このごろです。
夏本番を前に、すでに心も体もグッタリ・・・といった感じですよね。

いつになく、「熱中症」の予防などが天気予報の度に我々に伝えられています。

そのような中、ご高齢の方がほぼ毎日のように熱中症による残念な報道を耳にいたします。
どのような状態(環境状態)によって熱中症を起こし命を落とすことになったのかはわかりませんが、様々な角度からのフォロー(アプローチ)によって、少なくとも命を落とすようなことは未然に防ぐことができたのではなかろうか・・・、と思ってしまうことがあります。

私は、「ホームヘルパー」の資格を持っています。
また、現状把握といった意味に於いて介護のアルバイトをしたことがあります。

そのような経験を通して、随分とあらゆることとの”ギャップ”を感じずにはいられませんでした。

ひとつには、「認識」の問題です。
これは私も勉強をして初めて知ったことなのですが、「65歳以上の人口が、総人口の7%を超えると”高齢化社会”という」ことと「65歳以上の人口が、総人口の14%を超えると”高齢社会”という」ということで、今の日本はとっくに「高齢社会」であるのです。

先日の参議院選挙において「消費税」のことが各党のマニフェストに書かれており、また演説においても街頭で話されておりました。
それと同時に、「福祉」についても演説等で熱く論戦を戦わせておりました。

しかしながら、せっかくの候補者の論戦も「これからの高齢化社会に対応・・・云々」と何度も聞く度に、「おいおい、高齢化社会じゃないよ。高齢社会なんだよ、すでに・・・。」と、認識の甘さと現実を突きつけられているようでガッカリしたものです。
(このような人達に、一体どのような福祉ができるのか、とても疑問を感じます・・・。)

「福祉」、とりわけ高齢者について様々に対策が考えられております。

国としてできること、地方行政としてできること、民間によってできること、そして家族単位や個人でできること、などなど現実の問題を通してやっと動き出した、といった感があります。

しかしながら、「現実」は政治の決断スピードなど待っていられないほどに、恐ろしいほどのスピードでまさに「高齢社会」としての様々な問題が様々な形を取って表われています。

「老老介護(ご高齢のご夫婦の片方がもう片方を介護する)」や「高齢者単身世帯」、また働き盛りの方が親の介護によって職場を離れるといったこと。
また、「施設」に入所しようにも経済的に断られたり、介護保険制度を利用しての施設利用にも限度がある・・・。
介護をする側にとって、家族であってもまたたとえ仕事であっても過酷なものです。
「認知症」ばかりが1日24時間見守っていなくてはいけないものではない。
「介護」という環境に入った時点で、1日24時間の”心身共に過酷な環境”になってゆく。

大変大雑把な言い方ですが、以上のような「現実」があり、また今後はそれに拍車をかけるようなスピードでの「社会現象」となってゆきます。

そのような現実の中で、住宅の着工件数の伸び悩みの解消にと目を付けた「リフォーム」事業の中に、”バリアフリー”を謳い文句として高齢者のいる住宅をターゲットとしたリフォームが、一時期流行いたしましたね。

しかしながら、今ではリフォームの”リ”の字も聞かなくなってしまいました。
何故なら、業者側にとって「儲からない」からです。
健康なうちは、将来を考えてバリアフリーにして介護のことも視野に入れて・・・、などそうそう考えませんね、人情として。

介護をして初めてわかる自分の住まいの勝手の悪さ。
気づいて、いざリフォームといっても介護の方にお金がかかり、リフォーム費用など絞り出そうにもなかなかでてこないのが現状なんです。

「介護保険」があるじゃないか!、と切り札をだしたようでも、リフォームとして保険金が下りるのはわづかに「20万円」が限度なんですね。
果たして「20万円」で、その家族なりが要望する介護環境がリフォームできうるのでしょうか?
業者が”逃げてゆく”のも、無理ありませんね、残念ながら・・・。

介護保険制度を作る時に、一体何を根拠にこの「20万円」という数字をだしたのか、まったく物事の現状を知らない人間の机上論としか思えません。

一方、住宅等の作り手側にも、私も含めもっともっと勉強(認識)をしてゆかなくてはいけないのではなかろうか、と思っています。

「介護」と一言で”健常者”は片付けてしまいますが、”要介護者”は一人一人症状も病状の進行具合も年齢も違い、性別もあります。
また、例え「認知症」であろうともその症状の度合いによって「現存能力(残存能力)」はあるわけでして、いわばその部分がある意味その方の「個性」であり「人生経験」であり「ご本人そのもの」であるわけです。
ですから、当然ながら”意志”もありますし”要望”もあるわけです。

「手すりを付ければいい。」
「段差をなくせばいい。」
「病人なんだから、こうしなくてはいけない。」

バリアフリーを語っているようで、実は「バリア(障害・障壁)」を作っているのは我々健常者(この”健常者”という言い方も問題があるように思うのですが・・・)の方なんですね。

介護の世界でいう「バリアフリー」は、ある症状を持っていながらも「現存能力(残存能力)」を最大限活かして、できることは自分で行い実社会を生きてゆくことで人としての尊厳を守り、周辺社会からの偏見や誤解といった”バリア”と、「自分は病人(もしくは、年寄り)なんだから・・・。」といった自分自身で作ってしまった社会との”バリア”をなくしてゆこう、ということが大定義としてあるんです。

「介護社会」は、単に老化や病気といった医療からくる社会問題ではないんですね。

そういった意味に於いて、今後の住宅等の建物に託される基軸の一つとして、「介護社会(高齢社会)」の概念を取り入れて環境をどうプランしてゆくのか?といった課題があるように思えます。

様々な取組は既に始まってはいます。
健常者とか要介護者とかいった垣根を払い、本来のバリアフリーのもとで”人としての尊厳”をベースにひとつひとつ解決し構築していってもらいたい、と切に願うものです。
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by sketchpers | 2010-07-26 20:23

「外溝」、あなどれません!

前回、「表札」から見えてくる住まいについてお話いたしました。
今日は、少し視野を広げて「外溝」についてお話することにいたします。

やはり散歩をしながら、ということになるわけですが・・・。

先ずは、「門構え」。
門扉があって、表札があって、ポストがあって、外灯があって、といったエレメントになりますね。
”こだわり”を持つお施主様であれば、この辺りも当然ながら手を抜きませんね。

住宅の外観とのバランスを充分考慮して、門構えが作られています。
ですから、見ていても「何か、どことはなしに安心する」感じがするんです。
住宅の方を主張しすぎず、また門構えもほどほどに・・・、また他のエレメントであるフェンスも「拒絶する区切り」というわけではない、ほどよい周辺環境との一体感を整えています。

また、門扉から玄関までのアプローチはひとつの物語的演出があり、単に「通路」として処理してはいない。実に心憎い演出によって、住宅の外観のデザインにと繋がり、「一体この住宅の中はどうなっているんだろうか・・・?」という、健全な期待感をそそります。

同時に、「外溝」がよく手入れされている、ということに感心いたします。
木々、花、置物などがとてもセンスよく配置されているんですね。

「住宅の顔が外観」であるとするならば、これら「外溝」はその住宅にとっての”衣服”とも言えるのではないでしょうか?

この”衣服”によって、「顔の表情」に影響を与えるように思えます。
また、「印象」といった点においても同様でしょう。

つまりは、”住まい”は住宅そのもの本体のみにて完了するということではなく、たとえ狭くとも「外溝」も含めた”敷地全体”として住まいを観てゆくことが大切なんだろうなあ、と改めて思います。

敷地全体を俯瞰して観た時に、「どのような表情を持った”顔”と”衣服”にしようか?」とプランしてゆくわけですね。
と同時に、その”顔”と”衣服”との繋がりを考慮しながら、本体の住宅のプランを練ってゆく、ということが大切であり、トータルに”住まい”をプランしてゆくことが重要なのだろうと思います。

以上の考え方は、「外観スケッチパース」を描く上で非常に大切なことなんです。

住宅本体のみを描いても、それはそれで伝わることもあるでしょうが、伝わる内容は「建物のボリューム」であったり「素材」であったり「開口部の位置や大きさ」であったり、といったことでおしまいになっているように思われます。

お施主様にとってみれば、おそらくは「ふ~ん、こんな形になるんだなあ。」といった感想ではないでしょうか。
印象として「へえ~、こういう感じになるんですかあ!」といったある種の”感動”がないのではないでしょうか。

”感動”がないのは、「顔が見えない」「衣服が見えない」から・・・、つまりは全体像としての”雰囲気”が見えないからなのではないかと思います。

「外観スケッチパース」は、住宅本体そのものはもとより、「外溝」をいかにして描くかが”肝”になります。
ですから、住宅本体の外観デザインを考えるということは、「外溝」も同時に一体として考えなくてはいけない、ということなんですね。

それが出来て初めて”提案として”の「外観スケッチパース」となりえるわけです。
「外観スケッチパース」は、”環境を描く”といっても過言ではありません。

住宅とは、とても”人間的”であり”繊細”なものであると、散歩をしながらつくづく考えさせられる日々です。
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by sketchpers | 2010-07-21 18:55

「表札」から観えてくるもの

どうしても椅子に座っての作業でのこの仕事。
身体を動かすことがとても少なくなりますよね。

そこで、私は「散歩」をするようにしています。

”散歩マニア”ではありませんが、通りから一本小道に入るとガラッと街並みの雰囲気が
変わったり、こんな所にこんなお店があったの?なんていう発見があったり・・・、と
季節感と共に楽しみながらの散歩をしています。

その散歩で、最近気になることがあります。
「表札」です。

「表札」の何が気になるのかといいますと、氏名が二つあるんですね。
(例えば私の場合でしたら、「藤田/桜木」といった感じです)

散歩初めはそれほど気にする感じではありませんでしたが、去年よりも今年、また年始めよりも
最近と”多く”なっているように思えるんです。

そこで最近の散歩では、表札とそのお宅の構え(大きさや築年数など)を見ながら、あれこれと
考えています。

すると、大きくは2種類あるのでは?といったことが(予想ではありますが)分かってきました。

ひとつは、40坪前後の築浅系では、「夫婦別姓」として表札を出している、ということ。
(どうも、ご夫婦お二人共働いているようで、サッシのシャッターが閉まっております)

そしてもうひとつは、「2世帯住居」です。
こちらの方の表札は、はっきりと「2世帯」であるとわかります。

大きくはこの2種類のタイプなのですが、”年々増加の傾向にある”ということに
とても興味がありますね。

「夫婦別姓」のタイプのご自宅は、どういったプランになっているのでしょうか?
また、どのようなライフスタイルのもとに、どのようなプランに対する要望があったのでしょうか?
リビングの考え方、ダイニングの考え方、キッチンの考え方・・・、など”独特なスタイルと感性”があるように思えます。

また、「2世帯住居」も同様ですね。

私の住んでいる所では、親の土地に子の住宅を新築する、といった傾向が多く見られるように
なってきました。
とても、時代背景を如実に表していますよね。

一方、この「2世帯住居」も少しづつではありますが、新タイプ(?)が出てきています。
それは、「マスオさん住居」です。
婿養子であり、奥さんの親の土地に自分達の住居を建てる、もしくは増築するといったものです。

結婚相談所では、最近「婿養子希望」といった傾向が世の独身男性から出てきているそうです。
婿養子を取りたいと思っていらっしゃる親御さんは、たいてい自営業の方や会社を経営されていらっしゃる方などですが、「婿養子希望」の男性の考えは「家がある。仕事がある。仕事へのこだわりはわりとない。将来が安定する。」などといった理由で婿養子を希望し、両者の”思惑”は結構合致するのだそうです。

このようなケースでは、一体どのような要望がお施主様から出てくるのでしょうかねえ?

先ずは、お施主様の持っていらっしゃる”感覚”の理解と解釈から始めてゆかなくては、なかなかお施主様の言っていることが”わからない”のではないだろうか、と考えます。

「表札」から観えてくる、家族関係の変化や傾向は自ずと「住宅プラン」の変化に直結いたします。

「ライフスタイル」といっていた時代から、さらに一歩進んだ「人生感覚」といった価値観が全面的に住宅プランに反映する時代になってきているのかもしれません。
頭をつい抱えてしまうようなご要望が、お施主様からポンポンでてくるといったことも、充分考えられます。

「手書きスケッチパース」をおおいにそして適確に活用していただき、”難攻不落”のお施主様のご要望を形にしていってあげてください。
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by sketchpers | 2010-07-13 09:35

独自性?差別化?

今日は七夕ですね。
あいにく東日本は曇や雨模様の様子・・・。
西日本は晴れ間の予報ですので、天の川を見て彦星と織姫に想いをはせることができるかもしれませんね。

先日、ある会社のホームページを見る機会がありました。
「簡単!手書きパースの描き方」を、DVDや資料といったツールを販売している会社のホームページです。

”描き方の内容”までは見ることはできませんでしたが、そのツールを購入した素人の方が描いたというインテリアパースや外観パースが掲載されていました。
定規線での手書きパースでしたが、きちんと描けておりました。

「ほ~、なかなかいいものではないですかあ~。」と、同業者ながら素直に思いましたが、ページをズッと追っていきますといわゆる「セールストーク」があるわけです。

当然ながら、同業他社との差別を色濃く押し出さねば、ホームページをみている者へのインパクトがなく、興味をもってもらう事ができないわけですが・・・。

「この手書きパースは、独自で開発したもの」といった、玄人にとってみればちょっと耳を疑う(目を疑う)ことが書いてありました。
「それはちょっといかがなものか・・・?」、と正直そう思いました。

実際にそのツールを手にしてみたわけではないので、あまり余計なことを申し上げるのはできませんが、ホームページにのっている手書きパースを観る限りでは「?」が頭をよぎります。

ご存じの通り、2次元に立体を表現するには、現在のところ「1点透視法」「2点透視法」「3点透視法」といったこの3種類が基本であり、またこれ意外には技法としてはありません。
また「デッサン」といったものでも、やはり”透視法”の技法を自然に学んでいくことによって、デッサンがデッサンたるものになってゆきます。

この技法以外によってパースを描くことが簡単にできる、ということなのであればまさに「独自性のある技法を開発した」と胸を張って公表できるでしょうし、また同業の者としても勉強させていただきたいものです。

しかしながら、私が観た限りではホームページに掲載されている手書きパースは、透視法によって描かれているものであり、どこに独自性があるのかわかりませんでした。
透視法でラフに起こしたものからの「仕上げの描き方」のことを、いわゆる「独自性」と言っているのであれば既に多くの方々が様々な”テクニックとして”の仕上げが既に存在しているわけでありますが・・・。
これは一体どういうこと?と思いました。

”独自性”や”差別化”といいつつも、ホームページを見てゆくにつれ同業者として恥ずかしくもあり遺憾でもあり情けなくなってきました。

「独自性」や「差別化」などということは、慎重に扱わなくてはいけないものなのだと、つくづくこの件で勉強になりました。

何が独自性なのか?何によって差別となっているのか?
独自と差別は紙一重、もしくは表裏一体のものなのかもしれません。
本来あるべき姿から眺めてみて、「独自性」や「差別化」はどのように観えているのでしょうか・・・?

もう”競争”は手放す時期にきているように感じます。
そして、”共創”する時代に入ってゆくようにも思えます。
「共創時代」では、独自性や差別化といった概念は必要ないでしょう。そう思います。

いろいろと考えさせてくれた”一件”でした。
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by sketchpers | 2010-07-07 13:47

「世界は広い・・・よ!」

インターネットが日常化していることで、随分と情報量の広がりがでてきますね。
まったく便利になってきたものだなあ、とつくづく思います。

最近は、「You Tube」で世界のスケッチパースの様子を見ています。

インテリアに限らず、インダストリアルデザイン(工業製品)のレンダリングスケッチや建築イメージ(外観)のスケッチパースなど、様々な”スケッチ”の書き方を楽しむことができます。

技法的には、基本の「1点透視法」及び「2点透視法」がベースになっていますね、やはり。
(といいますか、表現の手法はこれしかないんですね・・・)

「何が一体楽しめるのか?」といいますと、インテリアのスケッチパースの場合では仕上げ方の”コツ”や線の引き方・太さといったものや書き方の手順的なものといったことが、結構色々あって「スケッチパースのテクニック集」といっても過言ではないほどの情報なんです。

また、インダストリアルデザインのスケッチパースでは、”パース”というよりは”レンダリング”といった個体を立体的に素材感を持たせた描き方ではありますが、この技法はスケッチパースでは「ポイントスケッチパース」を描く時に応用できますし、また造作家具のスケッチパースを描く時に充分活かせるテクニックです。
(レンダリングの技法をすこしでも知っていますと、「陰影」の付け方がわかり空間表現に応用できますよ。)

建築イメージ(外観)のスケッチパースを描いているのを見ていると、「ほ~っ。こんな感じでもいいんだあ~」と、おそらく思えるでしょう。
ものすごくラフに力まずに、スーッスーッと描いているんですねえ。
(まあ、そこまで描けるのは「基本」があってのことなのですが・・・・・)

なかなか他人が描いたスケッチパースを見る機会はないですよね。
ましてや、「描いているところを見る」ことなどそうそうないはずです。
しかし、それができるのも”時代”なんでしょうねえ。
ありがたいことです、まったく。

皆さん、一度「You Tube」でスケッチパースを覗いてみてください。
そして、当然のことながら”真似て、盗んで”いきましょう!!!(笑)
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by sketchpers | 2010-07-01 19:18