手描きスケッチパース講師の「ススム日記」

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恐れず描き、恐れず見せる

今年の春以降くらいからでしょうか。

この講座の受講生の方々から送られてきます「提出課題スケッチパース」に対しまして、添削・講評の中に於きまして「習ったものは、今後どんどん実践の場に於いて描くようにしていってください。」ということを書き添える機会が多くなりました。

パースの基本的な起こし方がわかり、それをきちんと絵として表現できているレベルに達していれば、各講座内容を修了した時点でその講座の回のもの(例えば第3回目を修了していれば、リビングやダイニングやキッチンスペース)を全6回講座の修了を待たずに、即、実践のお仕事の場で描いていきながら訓練を積んでいってください、といったものです。

このことは、”特別視”をしているわけでは当然なく、自身の身につく本当の訓練の場は何よりも「実践の場」が一番手っ取り早く、そして上達も早いわけです。

また、お客様のご指摘は”何よりの添削・評価”であるわけです。

私自身がそうでした。
色々なものを沢山観たり、実際に体感・体験してみたり、スケッチパースに関係のある様々な本を参考にしてみたり、といった勉強は当然ながらいたしました。

しかしながら、今振り返ってみて一番良い練習の場は「実践の場としての仕事」であり、一番良い先生は「お客様」であったとつくづく思います。

そして、恐れずどんな小さなスペースの提案でもスケッチパースにしてお客様に見てもらった、といったことが自分自身にとって良かったと思っています。

そう、”恐れずに描いてみる”ことです。
そして、”恐れずにお客様にお見せする”ことです。

その中で、また講座の内容にフェードバックさせていきながら(時には、過去の回の内容に戻りながら)受講を進めてゆく・・・、こういったことが大切だと感じましたので、受講生の皆さんには「どんどん実践の場で描いていってください。」と申し上げるようにいたしております。

”真剣度”が全く違う実践の場。

ここで大いに鍛えようではありませんか!!!
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by sketchpers | 2010-10-18 23:05

手を動かすこと

お陰さまにて、この「手書きスケッチパース講座」が丸2年を経過いたし、3年目を迎えました。
皆さんのお陰を持ちまして、こうして3年目を迎えることができましたことを、この場を借りましてお礼申し上げます。ありがとうございます。

「石の上にも3年」と申しますが、何か大切で大事な3年目のように感じてなりません。

私達一人一人を取り巻く社会環境は、ますます今までの常識を覆すような事象がでており、今まで通用したものの考え方の延長線上で物事を考えても、全く効果が無いと言っていいほどに通用することなく、逆に困惑と不安を生み出す結果となってしまうといった社会状況となっているようです。

「出口の見えないトンネル」の中にいて、まさにそのトンネルがスパイラルチューブのごとくグルグルと回っているだけのように感じ、「いつになったら抜け出せるんだ?!」といった苛立ちと焦燥感が気持ちを支配しているようにすら思えてしまう・・・。
そのような状況の方もいれば、”対岸の火事”のごとく未だこの状況にいながらもあまりピンと来ていない感じを持つ方もいれば、せっせと我が身だけは生き残ろうとする努力に精を出している方もいる・・・。

私達一人一人の足元の反応が、ダイレクトに世界のありとあらゆる状況に反応し、また世界の状況がダイレクトに私達一人一人に反応するといった社会環境は、まさに”私達一人一人は確かに一人の地球人であり、世界中の大切な一員である”ということを表現し実証しているように思えます。

言いかえればそれは、私達一人一人の一挙手一投足がいかに大事であるかを痛感する、ということが言えるのではないでしょうか。・・・そのように感じます。

改めて「手書き」という意味合いや意義を考えてみました。
スケッチパースが描けるようになる・・・、サラサラっと描けるようになる・・・、イメージしやすくなる・・・、設計やデザインのスキルアップに繋がる・・・、といった一次的な結果論を今まで皆さんにお伝えしてまいりました。

もう一歩踏み込んでいきますと、二次的な効用として「動く」ということがでてきます。
この「動く」ということは、つまりは「手書き」ということを意味しますが、単に手を動かしているわけではなく脳も動かしていますし身体も実は動かしていることになっています。
また、全ての感覚も同時に動いています。

「動き」は、”ハタラキ”でもありますね。

この「動き」によって、考えたりイメージしたり表現したり改めて見返したり・・・といったことができるわけですが、このことは動かなくてはなかなか考えたりイメージしたりできなかったり表現に結びつかなかったり見返すことすらできない、ということに密接に関係があるように思えます。

極論すれば、「動きを伴って初めて形(実現)になる」ということなんですね。

この講座の中でもまたこのススム日記でも申し上げている「視る・見る・観る」といった一例は、このことに当てはまります。
「視る・見る・観る」の向上・発展形は、見方を変えれば”動きの視点や角度や高さ・深さの度合い”と言えるわけです。

「手書き」という動きを通して、単に生業としての仕事の技術に終わらせずに、その応用として自分自身の生き方(ものの見方・考え方など)そのものを”訓練している”といった三次的要素があるということを、皆さんに知っていただきたい・・・、そう思っております。

知っていただき、それを使っていただき、今現在のこの社会状況を冷静に見つめ対応しながら、次代の形成のヒントにしていただけたら・・・・・、そう願うものです。

「芸は身を助く」と言いますが、一芸によって自身の世界観を構築し尚且つ進化・発展させてゆくことで、時代に対応し次代に向けての指針を得るヒントを掴むことはできるはずです。

「結んで、開いて、手を打って、結んで。また開いて、手を打って、その手を上に~♫。」

人と手を結び、両手を開いて人を受け入れ、手を叩いて喜び、再びその結束に確かな何かを得る・・・。そうして出来上がった”手の和”を、青空に向けて感謝する・・・・・。
(童謡って、なかなかあなどれませんね。)

さあ、何でもいいですから、先ずは手を動かすことから始めましょうかあ。
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by sketchpers | 2010-10-07 09:57