手描きスケッチパース講師の「ススム日記」

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スケッチパースも虚しい・・・

夏の猛暑の反動でしょうか。
寒暖が激しいこの頃ですが、朝・晩の冷え込みには「えっ?冬なの?」といった寒さで、身体の反応は思いのほか大きいようです。

皆さん、体調は崩されてはいませんか?

既にインフルエンザが流行り出しておりますし、夏の疲れからくる体調の悪化を訴える方々が多いと聞きます。

秋があったのかどうかは定かではないような気象の中で、作物を作られていらっしゃる農家の方々の努力によって収穫された様々なものは、今年の大きな”特徴”としては「傷みが早い」ということです。
大きさや味といったことはよく耳にいたしますが、「傷みが早い」ことも気象に大いに関わりのある今年の結実の証しなのでしょう。

先日、ある職人さんと話をした時にも相変わらずこう言っていました。
「全く仕事がないんだよねえ。いつもだったらそこそこでてきてもいい頃なのになあ。気候もおかしきゃ、経済もおかしくなったんだなあ。これからは、もう”いつも”ってのは通じないんじゃないの?」といった話でした。

一方、「過去の程ではないが、忙しくさせてもらっているよ。」といった方々もいるわけでして、単に景気の波の話で終わるような単純な話ではなさそうです。

昨今、政治も含めてよく「改革・変化」を声高に口にしている世の中ですが、一体「何を」改革・変化させようとしているのか、また「何を」改革・変化させなくてはいけないのかがよくわからない状態なのではないか、と感じます。

「意識改革」と一言でいってみても、意識をどう改革するのかといったものや、自己の意識を何で変えなくてはいけないのかといったものから、そもそも「意識って何?」などという変な概念論のところまで、事はあまりにも複雑になりすぎてしまっているように思います。

また「改革・変化」を切望するものの、”指示待ち癖”の体質のせいなのでしょうか、他人にその「改革・変化」を押しつけておいて結果を待っている・・・まるで、ひな鳥が親が運んでくる餌を口を開けて待っている、そんな構図も見えてしまいます。
(そして、”餌”がなければ文句や批難を言うばかり・・・、といったところでしょうか。)

大きな時代のうねりを感じ、今を憂いて何とか次代を切り開いていこうとしている方々もいらっしゃいます。
皆さんの周りにも、そのようなことを仕事やボランティアなどで活動されている方はいらっしゃると思います。
皆さんご自身も、そうした活動をされていらっしゃる方もいるでしょうね。

さて、そこで一番の課題となってきますのが「概念・理想と現実(経済・お金)」のことに必ず行きつきます。

練りに練った企画案も経済的援助がないために形にならずに消滅したもの、実行するにも経済的に掛かりすぎて中途半端で終わってしまうもの、仮に世に出ることができても需要する側の経済状況によって受け入れられずに消滅するもの、概念・理想は同じ方向を向いていてもお金の話で物別れとなってしまう団体、始めは理想に燃えて活動するもののいつの間にか利益という話によって活動自体の本質が本末転倒してしまうもの、などなど・・・・・。

お金にまつわるこうした話は、なにも昨今の話ではなく昔からよくよくあったものでした。
しかしながら、相も変わらずお金に対する状況は一向に変わらない。

これは一体何なのでしょうかねえ?

せっかくスケッチパースを描いてご提案しても、お金によって受け入れてもらえない”寂しさ”は、提案を好き・嫌いの嗜好で受け入れてもらえないことよりも厳しくも虚しい感じがいたします。

皆さんはいかがですか?

お金という代替物を「経済」としたこの世の中なのだから仕方が無い、と思われますか?

難しくも単純、且つ繊細であり難題ですね。

日々の中で、個人から個人へ、個人から仲間へ、仲間から集団へ、集団から地域へ、と点から線にそして面へ、立体へと一歩づつこの難題の紐をほどいてゆく努力が今こそ必要なのでないか、とそう思っています。
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by sketchpers | 2010-11-22 11:36

病室だけの話ではない話

今回は、スケッチパースを離れて「デザイン(設計・計画)」について少しお話をしてみたいと思います。

先日、私の友人が入院しましてそのお見舞いにいった時の話をさせていただきます。

私の友人M氏は、胆嚢摘出のために入院しておりまして、絶食しながら点滴のみの日々を送っているのですが、それ以外はといいますと何ら健康な人たちと変わらない状態なんです。

ですから、日中ベッドに横になっていなくてはいけないわけでもなく、トイレやシャワーは自分でちゃんとできる、そんな状態です。

ですから、2~3日も入院生活をしますといい加減身体が”なまって”くるようです。
そういう理由で、特に夜中には目が覚めてしまうことがあるそうです。
それも、ちょっとした「音」でも目が覚めてしまうそうです。

8人部屋の病室ですが、入院している患者さんはM氏を含めて4名。
ですから、そう息苦しさはないのですが、夜眠っている時に他の患者さんがトイレに起き上がる時のベッドのきしむ音や、点滴を吊るすパイプを引きずるキャスターの音で目が覚めてしまうのだそうです。

また、ベッド脇にある収納の扉や引き出しを閉める時に出る「ドン」という音や、カーテンを開け閉めする時のカーテンレールの音、そして以外にも夜勤の看護師さんの走る足音にも、目が覚めてしまうのだそうです。

当然ながら、他の患者さんのせき込む音やベッド上での治療の音などもあります。

「病室は静か」とばかり思いきや、実は思ってもみないほどに”音だらけ”の環境であることを知りました。
じっくりと身体を休めて治療に専念する・・・、といった環境とは少々程遠いものを感じました。

そのようなM氏の入院生活の話を聞いたあとでM氏がトイレに行った時に、私は彼のベッドに寝てみました。
どのような空気が流れているのか、音はどのように聞こえるのか、そして何よりも患者としてベッドに寝ている時にお見舞いに訪ねてくる人の顔がどのように見えるのか、そしてその印象(心理的)はどう感じるのか、を知りたくなりベッドに寝てM氏がトイレから帰ってくるのを待っていました。

先ず確認できましたのは、この「人を待つ」というある”目的(終点)”があるから意識もそこに集中できているわけでして、ベッド回りの狭さもまわりの音もそれほど気にはなりませんでした。

しかし、お見舞いの人や看護師さんはそうそう決まった時間に自分の所に来てくれるわけではありません。
そういう立場ですと、急に音に対して何故か敏感になってしまいます。
これでは、夜中静まり返った病室では、日中気にはならなかった音でも気にならざるをえないであろうことがよくわかりました。

「なるほどなあ~。」などと考えていますと、カーテン脇からM氏の顔。

ベッドに寝ている私の顔を見て笑っています。

この関係。目線は、M氏は「見下げ」であり、私は「見上げ」となります。
この関係は、物凄く心理的にこたえます。
どうこたえるのかといいますと、「見上げる方」はいかにも病人といった心理になってしまいます。
「病人なんだから当たり前」と思われる方もいらっしゃることでしょうが、この心理的な潜在意識は「病人を病人たらしめるもの」だとつくづく感じました。

「早く治して健康を取り戻し、元気で退院するぞ!」という意欲が湧かない関係(構図)となっているんですねえ。

M氏も私同様、設計・デザインの仕事をしていますので以上の話をお互いの立場も踏まえて色々と話し合いました。

このことは、病院に限らずあらゆることに通じる話でありましょう。
特に「音環境」につきましては、目からウロコ的な話がありましたので、インテリア設計やプロダクト設計に於いてはまだまだ研究やデザインする要素はかなり残っている、ということでM氏とは話が合いました。

ちょっとした「気付き」と「優しさ」で、おそらくは今の様々な環境は激変するように思います。

そこに、今後の提案のヒントが山積みされているように感じます。
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by sketchpers | 2010-11-11 21:34

あらまあ、ビックリ!

今年は、秋はないのかしら?と思うほど寒い日々が続きましたが、ここにきて何やら秋らしい感じが出てきましたね。
皆さんは、体調など崩しておりませんか?

本日、鎌倉は「長谷」に行ってまいりました。
竹の炭を扱うお店(依然の「ススム日記」でも紹介させていただきました「鎌倉 すざく」です)の、喫茶をメインとした2号店(店名は「炭格子館」)を見に行きました。

実際に計画段階で、お店のイメージスケッチを何枚か描いておりました。
工事ではお手伝いできなかったのですが、現場的に図面を書いている時間がなくスケッチパースで現場打ち合わせを職人さんと施主(店長ですが建築工事経験者でもあります)で行い、現場を納めていったようです。

「まあ、そうは言っても現場だから変更などつきもの。スケッチパースの様にはそうそう納まってはいないだろうなあ~。」と思いながら、今日江の島電鉄の「長谷」の駅を降りて2号店「炭格子館」に向かいました。

そして・・・・・。

ファサードを見てビックリ!!!驚きました。
スケッチパースと全く一緒なのです。

お店の内部は、レイアウトの変更によってスケッチパースとは違っていましたが、コーナーのポイントスケッチパースはこれもほとんど一緒でした。

デザインプランを受け入れてくださった、ということもありますがそれ以上に身震いしたのがスケッチパースの”正確さ”でした。

アイレベル、視野の広がり感、見え方、ボリューム感が、描いたスケッチパースと一緒だったのは今更ながらに驚きでした。
これは、私自身の力量ということではなく、スケッチパースが持つ”正確性”でありまたスケッチパースが表現できうる”力量”なのだとつくづく感じたものです。

改めて、スケッチパースは単なる絵やイメージ表現のみではない、ということを気付かされました。
と同時に、スケッチパースを描くということへの「責任」を強く感じました。

帰り際、あらためて「炭格子館」のファサードを見ながら、スケッチパースを通して設計・デザイン意図を読み取っていただき形にしていただいた職人さん達に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

鎌倉・長谷にいかれた際には、是非「鎌倉すざく・炭格子館」に足を運んで竹炭の持つ心地よい波動の中でゆったりとした空気感と美味しい喫茶をご堪能くださいませ。
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by sketchpers | 2010-11-02 22:23